中国青磁の故郷 龍泉を訪ねて



『日中文化交流』第834号(2015年10月1日付け)
日本中国文化交流協会常任委員     
  入 江  観 

 今回の旅が、かねて再訪を望んでいた杭州から始まったことが嬉しいことであった。
 浙江省外事弁公室が用意してくれたホテルは緑豊かな木立に囲まれ、繁忙の日本から逃れるよう出かけた私達は、いきなり安らぎの中に迎えられた思いであった。その上、翌朝、西湖の湖上は霧雨に包まれ、私たちは夢幻の世界に誘われつつ「青磁の故郷」への旅は始まった。
 今回の訪中の成果は何と言っても、中国陶磁の、とりわけ龍泉窯に関する気鋭の研究者である出光美術館の徳留大輔氏が同行してくれたことに負うところが大きかったと言わなければならない。参加者の全員が、徳留氏の懇切な説明を通して、青磁に対する知見を深めることが出来たと思う。私自身、単純に澄んだ緑青色と決めつけていた青磁が実は、黄褐色を帯びた越窯のもつ味わい深いもの等、多様で幅の広いものであることを教えられた。
 実際、古い登り窯跡に佇んでいると、古の工人たちが生き生きと立ち動く姿が想像され、彼等の一人一人に尋ねてみれば名前の無い人は居ない筈だが、彼等の作った物に、彼等の名前が残されてはいない。名前が消えてなお残されたものが、今私たちの前にあることの意味は、現代の芸術の有りように厳しい示唆を与えることにもなり、粛然たる思いに駆られるばかりであった。
 これは、中国に限ったことでもなく、陶磁器に限ったことでもないが、しばしば、優れた芸術作品が生まれる背景には、権威、権力の保護があったことは、まぎれもない事実であるが、「形」をつくることに於いて、作者は自由であったことも事実であろう。
 唯、青磁の故郷を巡って、気づいたことは、そこで生まれた超一級の作品は、その故郷にとどまることが出来ず、故宮博物院やその他、外国の博物館に旅立たざるを得ない皮肉な宿命を持っているということである。又、中国工芸美術大師の称号を持つ二人の作家のそれぞれ美術館を備えた仕事場兼住宅を訪問し、その宏壮さに驚かされたこともあったが、そこでも青磁の伝統は見事に受け継がれていることが理解された。
 本来、器は使われるべき役割りを背負っている筈だが、今回、私が龍泉の博物館で出会った、平明な中に深さを湛えた葵口碗等、時間が許されるならば、いつまでも向い合っていたいと思わせる力は一体、何なのかと思う。移ろい易い政治とは別次元で、私たちの文化交流の本質的な基盤は、こういうところにあるのだと確認せざるを得ない思いであった。
 今回の訪中にあたって、浙江省各地の関係者の方々に温かいもてなしを頂いたこと、とりわけ外事弁公室の陳福弟、陳燕虹両氏には、上海の空港の出迎えから、見送りまで、全行程にわたって、終始、誠意に充ちたお世話を頂き、私たちの旅を実りあるものにして頂いたことに、心からの感謝の意を表したい。
                                    〈いりえ・かん 洋画家〉



優れた文化の共有を


『日中文化交流』第833号(2015年9月1日付け)